| NOOS LECTURE 2009 LIVE DVD: Vol.05(2disc) | |
| Title: | 四次元時空と四次元空間 |
| Price: 4,725yen(tax incl) | |
| Release: Jan. 2010 | |
| Format: DVD | |
| Publisher: noos academeia | |
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+ summary
2009年12月12日に開催されたレクチャー内容を完全収録!
今回のテーマはズバリ『4次元』。19世紀末から20世紀初頭の欧米で流行した4次元思想運動を切り口として、G・ライプニッツ、A・ベルクソン、M・ポンティらまでをも巻き込んで、ヌーソロジー独自の4次元論を展開していきます。また、会場限定で配られたレクチャー資料も同封。
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見ることと見られること——vol.05
たとえば、君は誰?と誰かに聞かれれば、僕は真っ先に自分の名前を相手に告げ、それから住んでいるところや職業など、自分に関する様々な説明に努めるだろう。しかし、そうした通り一遍の答えが「君は誰?」という質問の答えになっているとはとても思えないのが当の僕だ。名前や住所、職業などといったものは、すべて僕に張られたレッテルのようなものであって、僕自身が何者か?という答えにはなっていないと僕は感じる。僕は僕自身の中で僕が何者であるかを知りたいのであって、社会的なアイデンティティーとしての僕のことが知りたいわけではない。名前や、生い立ち、それに僕が持った性格などは、受動的にこの世界に産み落とされた僕に貼付けられた能書きのたぐいであって、僕自身の本性はというと、むしろ周囲によって言葉を授けられる以前の生まれたての純粋な意識の中にあったような気がする。
さて、この生まれたての僕は「見ること」とともに現れた。ほんとうは「見ること」の中に「見られること」があるにもかかわらず、「見ること」は「見られること」の中に「見ること」があると勘違いしてしまった。こうして、僕の意識は「見ること」における意識よりも「見られること」における意識を優先させ世界を見るようになってしまった。
たとえば「見ること」においては僕は動いていない。動いているのは世界の方だ。しかし、動いていない自分を言い表す言葉を僕は何一つ持っていない。このことは深刻な問題だ。なぜなら、そうした自分こそがかけがえのない僕自身なのだから。見ることと見られること——この二つの出来事が居住する空間の区別をまずは思考で明らかにしなければならない。
[ text by kohsen handa ]

